fragrance of syrup

うつ病・HSP持ちのどうしようもない思考記録

命を削る

命を削って生きている感覚。
「いつか、突然電池が切れるように動かなくなる日が来る気がして仕方ないんです」と言った後輩の言葉がよく分かる今日この頃です。
どんどん荒削りして消えてしまいたい。

感覚

恋人が、「自分はまだ死ぬつもりはないし、生き続ける」って言っていて、その感覚の方が生物的にはあってるんだろうなと思った。私の感覚だと、みんな一回は自殺未遂をしていて、なるべく早めに死にたいと思っている、という感じ。目から鱗

メンタルヘルス本⑨

年が明けて初めての更新になります。死んでません、生きています。今年も度々襲ってくる希死念慮に負けず、なんとか生き残りたいです。

さて、今まで更新もせずに何をしていたかと言えば、いろいろ読んでました。↓

 

一流の狂気 : 心の病がリーダーを強くする

一流の狂気 : 心の病がリーダーを強くする

 

 

時代の荒波を先導した一流のリーダー達は、気分障害躁うつ病うつ病)を患っていたのではないかということを分析しており、平和な時代は健常なリーダーの方が上手くいくが、状況が不安定な時代は気分障害を患ったリーダーの方が上手くいくのだということを主張している本です。うつ病よりは躁うつ病に重点を当てた内容ですが、一見マイナスイメージを持たれる精神疾患にも利点があり、世間一般の精神疾患への偏見に対する批判を述べています。

印象的だったのは、精神疾患を患うことで辛い思いをした分、他に何か困難なことが起こっても簡単にはへこたれない力(レジリエンス)が備わるのだという主張。歳をとったこともあるかもしれないけれど、私自身もうつを思春期に患ったことで大きな挫折感を味わったので、何も挫折することなくトントン拍子できた人間よりはレジリエンスが備わってる自信があるなあなんて。精神疾患を患うことはマイナス面だけじゃないんだとどこか肯定されているような気持になれる本でした(ただ、無理やりな部分もあるのでそこは大目に見ながら読むといいと思います)。

 

こちらも読みました。こちらは実際に購入して読んだもの。↓

 

東洋医学式 凹んだココロをカラダから整える46の養生訓

東洋医学式 凹んだココロをカラダから整える46の養生訓

 

 

若林理砂さんの本はいくつか持っているのですが、メンタルに直接向き合った本は初めてだったので購入。東洋医学の面からココロを楽にする対処法が分かる本です。比較的簡単にできることが載っているのでサクッと読めます。生活リズムが大切なのは自分自身よく理解している(崩れると体調悪くなる)ので、そうだよなーと思いつつ読みました。

 

あと、漫画も読んでました。↓

 

町田くんの世界 1 (マーガレットコミックス)

町田くんの世界 1 (マーガレットコミックス)

 

 

前から読みたくて、ようやく手にした。眼鏡男子の高校生、町田君。運動も勉強も全くできないけれど、彼はその人柄からみんなに好かれている。町田君が本当にいい子で読んでいて幸せな気分になれる漫画です。心を和ませたいときに。

 

今年もいい書籍にたくさん出会いたいものです。それでは今年もよろしくお願いします。

本当の自分

うつ病を発症して10年が経つけれど、ふと不安になることがある。今の自分は本当の自分なのか。もしかしたら、うつ病やクスリによって本当の自分はかき消されて、うつ病やクスリによって生み出された人格が今の自分を支配しているんじゃないか。うつ病になる前のクスリなんか一錠も飲んでいなかった自分はどこかへ行ってしまったのではないか。今の自分は偽物なんじゃないか。本当の自分なのだろうか。

偽りでも真実でも、生きていかなければならないことに変わりはないけれど。

あの子に言われた「絶対に死なないでくれ」という言葉だけで今日も生きている。

 

↓ここ数日は、こればかり聴いています 

delaidback

delaidback

 

 

病みつつ生きること

台風21号の影響か、とても辛い数日を過ごしております。胸騒ぎとぼんやりとした希死念慮。低気圧の時は体調が悪い。そんな中で思い出す言葉。

「重要なのは、病から癒えることではなく、病みつつ生きることだ。 (アルベール・カミュ)」

ツレうつでもあったけど、私たちみたいな人間は病んでいる状態が平常運転なところがあります。治るのが一番だけど、治りたい治りたいと焦って苦しむよりも、病といかにうまく共存していくかということも大切な視点の一つなんだろうな…というわけで、体調悪いときはクスリを飲んで早く寝るに限る。おやすみなさい。明日は動けるといいな…というかそもそも交通機関どうなるんだろう…いっそのこと休みになれば…なんて。低気圧休暇設けてほしい。希死念慮休暇でも可。ははは…はあ。

距離感の大切さ

うつ病を発症して早10年。相変わらず服薬しており、一か月に一度通院はしていますが、会社員としてフルタイムで働く(しかも残業もしている)ことができている自分に驚かされます。数年前はこんな未来は描けなかった…とは言っても、まだまだいろんな人の援助を受けて辛うじてできていることではあるので胸を張って言えることではないのですが…

そんなこんなで10年経ってようやく理解したことがあります。それは「距離感」です。私は今まで家族や元恋人に自分の辛さを分かってほしい、こんな自分を理解してほしいと思っていました。必死で自分の辛さを訴え、相手に理解を得ようとし、そのことが上手くいかないと苦しさが増すという悪循環に陥っていました。しかし、今年に入ってカウンセリングを始め、さらに最近になって付き合い始めた恋人と接しているうちに、ああ、そうかと思いました。他人は結局他人でしかなく、どんなに自分が自分のことを理解してほしいと思っていても、他人は自分を完全に理解することはできません。当然ながら辛い話を喜んで聞きたがるような人間は仕事でもない限り数少ないと思いますし、そのような話を真正面から受け続けているとその人まで倒れてしまう可能性があります。カウンセリングを始めて、自分の心の苦しさを100%ぶつけてもいい存在が生まれたことで他人への要求はかなり薄まりました。それと同時に適度な距離感があると、家族はもちろんのこと恋人とも接しやすいし、友好的な関係を維持しやすいということを実感しました。まあ病状が良好になってきたからこそ余裕を持ってこのように考えられているのだろうなあとも思いますが…仕事環境が変わったこともあり、体力的に辛いことはあっても、精神的にはだいぶ楽です。

うつ病は病気です。精神病だから難しいところはあるけれど、病院はそもそも病気を治すためにあるわけだし、当然ながら精神科医・看護師・臨床心理士とその道のプロが揃っているところです。その人たちの力を借りて今を少しでも生きやすくするということがとても大切なことなんだと思います。そしてそれが結果的に自分だけではなく周囲の人間にとってもヘルシーな生き方なんじゃないかなと思います。

ただ先日、恋人に少し病気の込み入った話をしてしまい、あ、しまったな…と、「重かったよね、ごめん」と謝ったところ、「そんなことないよ、絶対ほかの人には言わないし、そういう話が聞けてよかった」と言ってもらえて、完全に蛇口をひねる必要はないのかもしれないなあとも思いました。少し緩めるくらいならいいのかもしれないな。距離感、まだまだ測っている最中です。

猛省

いくらよくなってきたとは言え、予定を詰め込んではいけないと深く反省した日曜日だった。病人は緩やかに生きるべきなのだ。私達は普通じゃないのだから。隣にいる人が健常だと自分もそうなんじゃないかという錯覚に陥るけれど、そんなことは決してない。悲しいがそれが現実。