fragrance of syrup

うつ病・HSP持ちのどうしようもない思考記録

距離感の大切さ

うつ病を発症して早10年。相変わらず服薬しており、一か月に一度通院はしていますが、会社員としてフルタイムで働く(しかも残業もしている)ことができている自分に驚かされます。数年前はこんな未来は描けなかった…とは言っても、まだまだいろんな人の援助を受けて辛うじてできていることではあるので胸を張って言えることではないのですが…

そんなこんなで10年経ってようやく理解したことがあります。それは「距離感」です。私は今まで家族や元恋人に自分の辛さを分かってほしい、こんな自分を理解してほしいと思っていました。必死で自分の辛さを訴え、相手に理解を得ようとし、そのことが上手くいかないと苦しさが増すという悪循環に陥っていました。しかし、今年に入ってカウンセリングを始め、さらに最近になって付き合い始めた恋人と接しているうちに、ああ、そうかと思いました。他人は結局他人でしかなく、どんなに自分が自分のことを理解してほしいと思っていても、他人は自分を完全に理解することはできません。当然ながら辛い話を喜んで聞きたがるような人間は仕事でもない限り数少ないと思いますし、そのような話を真正面から受け続けているとその人まで倒れてしまう可能性があります。カウンセリングを始めて、自分の心の苦しさを100%ぶつけてもいい存在が生まれたことで他人への要求はかなり薄まりました。それと同時に適度な距離感があると、家族はもちろんのこと恋人とも接しやすいし、友好的な関係を維持しやすいということを実感しました。まあ病状が良好になってきたからこそ余裕を持ってこのように考えられているのだろうなあとも思いますが…仕事環境が変わったこともあり、体力的に辛いことはあっても、精神的にはだいぶ楽です。

うつ病は病気です。精神病だから難しいところはあるけれど、病院はそもそも病気を治すためにあるわけだし、当然ながら精神科医・看護師・臨床心理士とその道のプロが揃っているところです。その人たちの力を借りて今を少しでも生きやすくするということがとても大切なことなんだと思います。そしてそれが結果的に自分だけではなく周囲の人間にとってもヘルシーな生き方なんじゃないかなと思います。

ただ先日、恋人に少し病気の込み入った話をしてしまい、あ、しまったな…と、「重かったよね、ごめん」と謝ったところ、「そんなことないよ、絶対ほかの人には言わないし、そういう話が聞けてよかった」と言ってもらえて、完全に蛇口をひねる必要はないのかもしれないなあとも思いました。少し緩めるくらいならいいのかもしれないな。距離感、まだまだ測っている最中です。

猛省

いくらよくなってきたとは言え、予定を詰め込んではいけないと深く反省した日曜日だった。病人は緩やかに生きるべきなのだ。私達は普通じゃないのだから。隣にいる人が健常だと自分もそうなんじゃないかという錯覚に陥るけれど、そんなことは決してない。悲しいがそれが現実。

生きています

お久しぶりです。だいぶ更新が開いてしまいましたが、生きています。死んでいません(精神疾患のある人がブログを更新しないと死んでしまったんじゃないか…と思うのは私だけでしょうか)。

新しい部署に配属されて、右も左も分からないながらがむしゃらに頑張っています。とても忙しい部署なのであたふたしていると、1日が終わるのがあっという間です。大変ですが、前の部署のことを思えば最高の職場です(今のところ)。異動してみて、前の部署は異常だったんだなあとしみじみ思う今日この頃。

そんなドタバタした中で、会社の後輩(年齢は私より上)とお付き合いすることになり、会社に新たに秘密にしなければいけないことが増えて苦笑いしつつ、なんとか生きています。彼に病気のことを言うときは緊張しましたが、彼は病気のことを分かっているのかいないのか謎ではありますが、それでも、「そんな理由(と言っている時点で、分かってないんだろうなーとも思うのですが)でお付き合いを止めないよ!」と必死で言ってくれてたので少しほっとしました。年上ではありますがとても可愛い人(男の人に可愛いという感情を持ったことがなかったので非常に驚いた)で、家族に大切に育ててもらったんだろうなあと思わせる人柄のよさがあります。だからときどきとてもまぶしい。理系の男子校出身者なのですが、私の周りにはそういう人が少ないので、彼の話を聞いているととても新鮮です。

ここ最近は台風やら季節外れの長雨やらで精神疾患持ちの人にはだいぶキツい気候でしたね。私は昔に比べたら受けるダメージが軽減されており、のろのろペースでもよくなっているのかなあと思いつつも、夏空が見たいな…と願ってばかりでした。

またブログのデザインを変えたり、中身を整理したりしていますが、不定期更新でこれからも細々と続けていきますのでよろしくお願いいたします。

夏が来る

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「夏が来る」

 

この一か月パワハラが続き、いろいろと考えさせられました。パワハラってどんどん自信や意欲を吸い取っていきます。心が壊されていく感覚。一時期は自分が全面的に悪いからこういう目に遭うのだという思考が離れず、とてもしんどかったです。今はパワハラを客観視できるようになりました。私にも悪いところはあるかもしれないけれど、パワハラをしてくる先輩も悪いのだ、そう思うとだいぶ楽になりました。あと半月で異動できるというのも心の支えになっています。

パワハラを通して自分が気づくこともたくさんありました。

一つめは、「どんなに相手といい関係を築きたいと思っていても、すべての人と友好関係を築くことはできない」ということ。でもそれは「決して自分だけが原因なわけではなく、相手に問題があることもある」ということ。だから諦めることも必要。

二つめは、「他人に認めてもらいたいという思いに囚われた人間は醜く、情けない」ということ。パワハラを受けてから部署の上司や先輩を客観的に見られるようになったのですが、そういう人が多いことに気がつきました。無論、パワハラをしてくる先輩もです。「自分は〇〇をした」「自分のおかげで〇〇できた」、もうそんな話はうんざりです。そしてその姿の虚しさは反面教師だなあ。認めてほしい!認めてほしい!と思って他人に一生懸命アピールする人間の姿は情けないです。 

学ぶことはあったけど、もうパワハラは嫌だなあ。残り半月が勝負です。

カウンセリング反省会

昨日はカウンセリングの日でした。カウンセラーさんには前回、パワハラを受けた話をしていたので、異動することになりそうだという話と、異動するにあたっての罪悪感や不安感などを中心に話しました。

カウンセリングで話しているときも気づきはあるのですが、いつもカウンセリング終わりに喫茶店に入って、「カウンセリング一人反省会」をすることで気づくこともたくさんあります。反省会と言っても、手帳にカウンセリング記録として、どんなことを話したか、話していてどんな気づきがあったか等を記録するだけなのですが、やってみると頭の中がさらに整理されて新たな気づきを得られるので続けています。

今回、「異動する」という選択肢を選んだことについて悩んでいたのですが、カウンセリング後の反省会で正解だと思えるようになりました。というのも、私の根底にある三大問題思考、「自分が我慢すればいい」「人から認められたい」「完璧に物事をこなしたい」を手放す選択ができたと思ったからです。

異動しないことで引き続き先輩との関係を我慢することを止め、「出世=人から認められる」という考えを捨て、現在の仕事を完璧にこなせていない自分に対していい意味で諦めの気持ちを持つことができたのです。だからこれでいいんだと思います。正直、静かに消えていくことを自分で選んだとはいえ、ちょっとムカつく(私だけ辛い思いしてない?)部分はありますが、納得できたのでもういいです。

あとは残りの時期を少しでも機嫌よく働ければいいなと思います。

自問自答

かなり期間が空きましたが、その間いろいろありました。

あまりこのブログでは直接言及してこなかったのですが、3月から4月にかけて直属の先輩からパワハラを受けていました。でも自分としてはパワハラだと思っていなかったので、精神科の通院時に主治医とその話をして、主治医がパソコンに「パワハラ」という文字を打っているのを見て初めて、「あ、私はパワハラを受けていたのか…」と思いました。元々気分屋の先輩なので、機嫌が悪い日も多々あり、その延長戦のように捉えていました。ただ精神的にとてもきつく、毎日辞めたいなと思っていました。今はパワハラは収まりましたが、やはり先輩が気分屋であるところは変わっていませんので、機嫌が悪い日は「嫌だなあ」と思いながら過ごしています。

先日、人事課長から人事異動に関する事情聴取をされました。それというのも、人事異動の調査票を書いたのが、ちょうどパワハラを受けていたときで、あまりの辛さから「異動したい」という気持ちを全面に出したような調査票を書いていたので、それを読んで何かあるんじゃないかと思われたらしいです。
事情を話すと、人事課長としては「異動させたい」とのことで、異動する旨で話は固まったのですが、「貴女の上司達は貴女を異動させる気はなかったけどね…」と言われ、びっくりしました。私はずっと部の中で一番いらない人間だと思っていたので、調査票を書かなくてもどうせ異動するだろうと思っていました。先輩にも嫌味のように、「先に異動するのはお前だ」と言われていましたし。ところが上司達は私を育てて出世街道に乗せようとしていたようで、私は自らそれを飛び降りてしまったようなのです。なんだか「裏切ってしまった」という罪悪感を感じました。そんなことを考えていたら、ある人からも、「そのままいれば出世できたのにレールから降りちゃったね」と言われてしまいました。入社3年目でそんなことを言われるとは…

私はこのまま我慢していればよかったのでしょうか。毎日泣いて泣いて泣き喚いて叫んで過呼吸になって倒れ、母親に担いでもらって自室に行くような日々を続ければよかったのでしょうか。私が至らない点がたくさんあって、先輩をイライラさせてしまったからこんなことになったのだとは思いますが、本当に全て私が悪かったのでしょうか。私はずっと孤立していて、仕事もできない要らない人間なのだとずっと思ってたんです。それなのに「出世街道に乗せようとしていた」と言われても苦しいだけです。悲しくてたまりません。もしそう思っていたのなら気づいてほしかったです。私と先輩以外にそのようなことが起こっていると気づいている人は誰もいなかったんです。上司は人事課長に、「人間関係も円滑で良い状態である」と言っていたそうです。「だったらもういいや、ずっと気づいてなくていい。私が静かにいなくなればいい」と思い、内密にことを進めてもらうことにしました。

人事課長には慰めるように、「ここは働きやすい環境だから辞めると損だ」と言われましたが、次の異動先もこんな感じだったら辞めた方がいいんだろうなとも思います。そして、私は「異動する」という選択肢を選びましたが、果たしてこれでよかったのかと自問自答を繰り返しています。



冷凍都市で暮らしているから、心まで冷え切っています。

メンタルヘルス本⑧

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この頃、早朝覚醒してしまうので、開き直って朝早くから活動してみてます。電車に乗って散歩に行ったときに撮った写真 。川辺でぼんやり。

最近、首に問題が発生したので医療費が倍増することとなりました…このままではヤバいし身体もだいぶ歪んでいるだろうと、昨日は整体に行ってきました。自分の身体のはずなのにとてもよくない状態になっていることに気づいていなかったので整体師さんに解説してもらう度にびっくりしました。こんなに悪かったの…!!!

整体師さんに身体の歪みを取ってもらいながら、心も身体もこんなに苦しい思いをしていたのか。なんて可哀想なんだろうと思いました。別に悲劇のヒロインとかそういうわけではなく、怪我や病気になった他者に対しての哀れみというか同情というかそんな感じで思いました。自分が一番自分に近い存在なのだからもっと大切にしてあげなきゃいけないなのに、どうして私は無理をしたり我慢をしたりしてしまうのだろう。そういうのを少しでも減らしていかなきゃいけないなと思いました。他者だけでなく、自分にも優しく。お金がかかるのは否めませんが、これ以上悪化したら余計医療費がかかるので仕方ない。

 

最近はこんな本も読みました。

メンタルスイッチ―「切り替え力」が身につく実践トレーニング

メンタルスイッチ―「切り替え力」が身につく実践トレーニング

 

嫌な記憶を客観的に観る(テレビ画面や漫画の一部として捉える)ことで、その記憶の問題点や改善点を見つけていくというもの。根気よくやることが大切らしいので少しずつ。昔読んだ本にも客観視する方法はありましたが、その本の場合はそのイメージを自分であえて消すというものなので改善はできないんですよね。そういう点から考えると消しちゃうのではなく、客観的に向き合うというのが大切なんだろうな。

 それからこの本を読んでいて、最近の自分は完全に目標を見失っていることにも気が付きました。大学のときは社会福祉士を取って卒業する、就活は希望した企業に就職するというような目標を持ってやっていたのですが、入社後に立てた目標がよくなかった(先輩みたいに仕事ができるようになるぞ!と思って頑張っていたのですが、先輩が数十年に一度しか現れないレベルで優秀と上司から言われているほど仕事ができる人だったことと、畑違いもいいところな仕事のために上手くいかず、目標倒れしてしまった)ので、仕事が憂鬱、さらに人間関係にも問題が生じ、毎日辞めたい辞めたいと考えるようになってしまっていました。改めて目標を持とうと思い、ぼんやり考えていましたが、

・毎日機嫌よく過ごす(できればいつも朗らか、笑顔で)

・積極的に物事に取り組む(先輩に比べたら全然できないし…と怖気づいてしまっていたため)

・気遣いと教養のある人間になる(仕事のことはもちろん、趣味等で豊かな知識のある人になる。簿記2級取る、コーヒーセミナーに行く、高齢者関連のボランティアを始める等)

というような目標を立てました。これは私の尊敬する主治医や上司のどこを尊敬しているのかを振り返って立てました。超長期目標ということで少しずつ頑張りたいな。あとは自分にも優しく!優しく!お休みのおかげで元気なときは元気なことを考えておこうという記録でした。